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用作公園
もみじの名所用作(ゆうじゃく)公園
「用作」という地名は、鎌倉期に大友能直の八男能郷が志賀姓を名乗り、隣接地背子に地頭屋敷を構え、その所有する用作田がなまって伝わったものです。文禄三年(一五九四年)中川秀成が岡藩主として入府し、岡藩が統治することになりました。寛文四年(一六六四年)藩主中川久清より岡藩第一家老中川平右衛門に参勤交代道に当たる重要な当地を与え、別荘地としました。中川平右衛門はこの地に書院造の屋敷を構え、全山楓と松を植え、心字池、丹字池を作り、さらには射撃場を作り洋風訓練の場としました。また岡城の表玄関として文人墨客の来訪も多くなり南画家「田能村竹田」や儒学者「頼山陽」も訪れ岡藩の御客屋としての役割も果たしました。

    
用作公園は豊後大野市朝地町にあります。
秋の紅葉時期(11月中旬〜下旬)に多くの皆様に親しまれています。
当地は岡藩の庇護も受け庭園の形を残す場所となる豊後大野市では唯一の公園です。
500本の紅葉は圧巻です。周辺地図

心字池と丹字池
「用作」は地頭の用作田であったので湧水が多く、その一角に中川平右衛門が別邸を設けたおりに、湧水を利用した池を作りました。
上の池は草書体の心を形どった「心字池」といい円満な心を願い、下の池は真心、誠という意味を含めて「丹字池」といいます。
中川平右衛門は心・丹の二池を作らせ日常修練の糧としました。
池に繁茂する菱は「鬼笛」として子供に珍重がられています。
                豊後大野市看板より